opus design - オプスデザイン

▶野崎泉

La prière d'une vierge|2009.02.03 / Flip

手前味噌で申し訳ありませんが、手前の味噌ほど美味いものでして。undersonライターの野崎が編集執筆いたしました「東郷青児 蒼の詩 永遠の乙女たち」が河出書房新社より発売。デザインはもちunderson。昭和の巨星、画家・東郷青児の本業の絵だけでなく化粧品のパッケージ、本の装丁、洋菓子店の包装紙、ゆかりの店めぐりなどなど“昭和の暮らし”の中で親しまれていたロマンティックな意匠が山盛りの1冊となっております。 そんな嬉し恥ずかしな初編書を出しました野崎さんが隣りでネットサーフィンに興じてるんでちょっと話を聞いてみました。


N:野崎泉
U:underson

U

構想数年、やっと世に出す事が出来ました東郷本、そもそも東郷青児を好きになったキッカケは?

N

19才頃、京都の大学に通ってて、
そのとき住んでいた古い女子寮の廊下にレプリカが飾ってあったのがきっかけ。
当時は『喫茶ソワレ』の近くでアルバイトをしていたので、
その頃からなんとなく意識するようになりました。

同じ頃に神戸の某百貨店で展覧会も見たのですが、甘いだけではない、モダンで前衛的な作品もあって何時間見ても飽きなかったです。
手がけた仕事の幅広さもそうなのですが、
芸術家としてびっくりするほどいろんな顔をもっている、
その多面性が私にとっては魅力なのかも。

U

undesronで出したフリペ『gris-gris』が今回の出版に繋がったんですよね

N

2004年に『gris-gris』02号で、『戀愛譚〜東郷青児の装丁本』特集を組んだことがきっかけになりました。
1号目を配布中に《アトリエ箱庭》の幸田さんと出会って、
彼女が集めていた装釘本を見てものすごいショックを受けたんです。
それで、「これはぜひ世の中に紹介させてほしい」って思って、
まだ初対面も同然だったのですがその場ですぐ取材をお願いしました。

このフリペを作るときに損保ジャパン東郷青児美術館と、著作権者である東郷たまみさん(東郷青児の娘さん)にもきちんと許可を得ていたのが今思うとすごくよかったなぁと思います。

で、このフリペを、同じ「らんぷの本」から本を出していた知人が河出の担当編集者に紹介してくださって。

と言ってもすべてが順風満帆だったわけではなく、企画書をつくって実際に動き出すまでには数年かかったのですけど…。

そういえば不思議なのは、
ふだん私はすぐに何でも捨ててしまうほうなのですが、
このフリペをつくるにあたって集めた資料はどんな小さなものであれ、
発行後もきれいに保存してずっと残していたんです。
今思えば潜在的に、いつかこういうチャンスがくるだろうと予感していたのかも!

U

画家の本なのに絵の紹介が意外と少ないですよね?その代わり彼が手がけたいろんなモノがイッパイ載ってるという

N

画集や評伝のようなものは今までにも出ているので、本書は“昭和の暮らし”の中に溶け込み、身近で親しまれていた分野での仕事にウエートを置いたものにしようと思って。
かわいいパッケージの化粧品や包装紙を愛でたり、青児がプロデュースしたゆかりのお店を訪ねたり。
個人的に素敵だと思うもの、思い入れのある場所などを詰め込んでいったらこうなったんですけど、結果的には雑貨好きな人や旅好きな人など、アート好き以外の人にも興味をもって楽しんでいただけるような内容になったかな?と思ってます。


U

こんなにいるかな?と最後まで悩んでた、包装紙の章だけで12ページとってるのもちょっと他には無い感じですもんね。あと文字がすごく多いと思うんですが、それだけ思いがあったということ?

N

多い?私はこれでも少なくしようと苦労したつもりだったのですが…(笑)。
でもやっぱり、私はライターなので見た目が愛らしいとか、綺麗というだけでなくきちんと読めるものにしたいという思いがありました。やっぱり、ただ眺めるだけではなく読んでほしいというか。とはいえ、語るべきことがあるページと、ビジュアルのみ大胆に見せるページとで、メリハリはつけたつもりです。

最近は見た目重視でテキストなんかほんのちょっとで、
という本多いですよね。
そういうシンプルでおしゃれな本も好きで、むしろそういう本への羨望すら抱いているのですが、いざとなるとやっぱりぎゅうぎゅうに詰め込んでしまいました。

U

イメージ写真のアイデア考えたり、小物集めも自分でやりましたよね

N

ふだんはスタイリングはスタイリストさん、みたいな感じで意見を言うことはあっても自分で小物を探したりすることなんてそんなにないので、そういうところが苦労でもあり楽しみでもありました。

たとえば青児デザインのコンパクトを、周りに香水やパフなどを並べて実際に昭和のころの鏡台で使われているイメージで撮影しようと思ったのですが、化粧品って消耗品だけに古い時代のものを探すのはなかなか難しくて。結局、知人に提供してもらったり、プロの骨董屋さんに頼んで探してもらったりしてなんとかかき集めました。
でも、すべてを自分でコントロールできるということで、
むしろふだんの仕事よりやりやすい面もあったかも。


U

もちろん撮影にも立ち会って

N

さっきの話の続きになるのですが、と言いつつやっぱりスタイリングに関しては自信がなかったこともあって、雑貨や装釘本のイメージ撮影はすべてアトリエ箱庭さんで、あのちょっとデカダンスなムードを生かしつつ、基本的にはお店にある小物をお借りしながら行いました。
時間が止まっているような雨の日の撮影だったんですけど、
あの日の空気感がそのまま閉じ込められているような仕上がりとなって満足しています。カメラマン・伊東俊介さんの、プロのすごさをつくづく感じた撮影でもありました。

マッチのイメージ写真を撮影するカメラマン伊東さん。


U

ちょっと話は変わりますが、コピーライターとしていろいろクライアントワークもしてますが(東郷本はアート本ですが)、「天然生活」の連載や、雑誌、書籍の寄稿など、本にまつわる仕事が多いですよね。
古本屋でもないのに古本市初日早朝から出かけるbibliomaniaなわけで、好きなモノを仕事にするっていうのとはちょっと違う、好きなものにまつわる事を仕事にする、書くってどうですか?

N

結果的に仕事になっているというだけで、仕事じゃなくてもブログとかリトルプレスなどで紹介していたんじゃないかな。それがお金になるとは基本思っていなかったというか。
「天然生活」の連載なども、本当に自分が好きで思い入れのあるものだけを紹介しているので。

それに、もっとディープな本好きに比べれば自分はふつうレベルかと。
というか、書くことを仕事にしてる人って本が好きであたりまえですよね?
ちょっと質問の答えとはずれるかもしれないのですが、ライターとしてあたりまえのことしか看板にできるものがないということで、自分の引き出しの少なさをちょっとどうなのかと考えることもあります。


そういえば最近読んで印象に残っていることばに
「女のひとのいちばん弱い点は、
中心になる興味に個性がない点なのだと思います」
というのがあったのですが、これには考えさせられました。
女のひとってそういうところがありますよね。
みんなが好きなものが、自分も好きなものであるという。
中原淳一の『ジュニアそれいゆ』に載っていたことばだそうですが、
ライターとして本当の意味で「個性的な自分だけの興味」を持っているかどうか、ということを考えると耳にいたい言葉だと思いました…。

U

ブレずに続けることで「個性的な自分だけの興味」に近づくかもしれないし、みんなの興味の範疇であってもちょっと違うアングルになってくることがあるかもよ。

N

最初の質問の話を戻すと、本について何か書くというのは単なる感想ではダメだし、一見私的な考えを書いているようでも最終的には読者の関心を呼ぶ、共感を得られるものになっていないといけないので、取材して見聞きしたことを文章に起こすより私にはむずかしい仕事だと感じています。

でもそういえば、紹介した本の著者が編集部宛てに、お礼のお手紙を送ってくださるということがあったんですよ。著者自らが喜んでくださったというのは、やっぱり嬉しかったですね。あと、読者の方から「どうしても読んでみたくなって、さっそく取り寄せました」というメッセージをいただいたりすると苦労が報われた気持ちになります。



U

本の話に戻りますが、この本は今言ったような自分の思いや考えを共感できるものにし、取材で見聞きしたことも入れ、おまけに歴史というか事実が大切かつ重要な本なので、最後の最後の校正というか内校も大変そうでしたね。

N

そうですね。やはり、「自分の思っていること」を書けばいいという本ではなく、取材したり、資料にあたったりといった執筆がメインだったので何度も資料を見て確認したり、間違いがないか、書いた内容に責任が持てるかに気を使いましたね。

フリペのときに、実はあとで間違いを読者に指摘されたりといったことがあったんで、その辺のことに神経質になりすぎて、具合が悪くなったりしたこともありました(笑)。

あとは、昭和初期とかの古い資料がほとんどなので旧字体が多く使われていて、それを現代の本で紹介するときにどうするのか、という問題でも勉強になりました。たとえば、「戀愛」という旧字などは「恋愛」に直して、「〜してゐる」といった比較的、わかりやすい箇所は原文ママでいくとか。もちろん、出版社によって規定はさまざまだと思うのですが。

U

デザインも大変で、PC上で出てる漢字はいわゆる略字で、本書では一部正式な漢字を使わなくてはいけなくて、それの名称が正字…せいじ…という。青児本で正字に悩まされました。
と、いろいろな苦労があった本書ですが、個人的に思い入れのある箇所は?

N

特に気に入っているのは、まず2007年秋に閉店した吉祥寺《ボア》のケーキのしおりをまとめたページ。どうしても掲載させていただきたくて、閉店後の12月に頼み込んで取材をさせていただいた貴重な記録です。
しおりの裏面に「再び環えらぬものを、愛でたまえ」というフランスの詩人・ヴィニーの詩が入っているのですが、この詩がこの本のコンセプトを象徴することばになったかも……と勝手に思っています。
あと、クラブ化粧品の粉白粉(こなおしろい)のページも気にいっています。撮影のときに顔を近付けてみましたら、50年くらい前のものなのに今だに花の香りがフワッと漂って感動しました。誌面では香りまではお伝えできず、残念です(笑)。

U

どんな人に手にとってもらいたいですか?

N

やっぱり、昭和という時代を一緒に過ごした女性たちに手にとってもらいたいです。なんとなく、うっすら記憶に残っている青児の世界を改めて知ることによって「こういう画家だったんだ」とか「こういう時代だったんだ」とあらためて再確認していただくと共に、家族と出かけたデパートや喫茶店にそういえば東郷青児の絵があったなぁ、とか自分のなつかしい記憶に浸っていただけたら嬉しいです。

とはいえ、単に「昭和のなつかしいもの」としてノスタルジーにはしたくないという気持ちも。
彼の活躍したのはちょうど1930〜70年代にかけてで日本が最も元気で青春だった時代。この時代のことを知れば知るほど、本当に社会全体が優しくてのんびりした、いい時代だったんだなぁと思って。あと、基本的にモノが少ない時代だったので、たとえばハンカチ一枚にも豊かな気持ちになれたんだと思います。一方今の日本には「お先真っ暗」って感じのムードがまんえんしていますが、そんな時代だからこそやっぱり不安や焦燥を煽るようなものよりは、青児の絵のように時を超えて愛らしくて優しいもの、幸せな気持ちになれるものを今後も探し求めていかなければいけないのかな、とあらためて思ったりしています。

U

さて次は何の本出しましょうか?

N

………。しばらく隠居させてもらいます。


らんぷの本「東郷青児 蒼の詩 永遠の乙女たち」(河出書房新社)
1500円+tax
# ISBN-10: 4309727662
# ISBN-13: 978-4309727660

3月に古書や雑貨のコレクションを公開する展覧会をコレクション提供や撮影でお世話になったアトリエ箱庭さんにて企画中。


Relation Link
http://www.underson.com/bibliomania

Thanks: Naoko Matsui

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ワタクシundersonがちょっと気になるアンチクショウと旨い珈琲でも飲みながら肩肘張らない丸腰放談の中からクリエイティブの薬莢を見いだす針小棒大なコーナー。

Editor/
tsutomu horiguchi
from underson

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2012.11.20 Tue


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